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浦和地方裁判所熊谷支部 昭和44年(ワ)178号 判決

原告

浅見栄寿

代理人

近藤与一

近藤博

近藤誠

被告

高橋久悦

被告

橋田太郎

右両名代理人

鈴木保

主文

一、被告橋田は原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、浦和地方法務局深谷出張所昭和四一年三月二九日受付第九八五号、原因昭和四一年一月二五日確定債権譲渡、譲渡額金一千二百七拾四万七千六百四円、根抵当権者群馬県佐波郡境町大字境二九七番地橋田太郎なる七番根抵当権移転登記(七番付記二号)の抹消登記手続をせよ。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用中、原告と被告橋田との間に生じた部分は被告橋田の負担とし、原告と被告高橋との間に生じた部分は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

乙第一、第四号証は争いある部分については被告高橋、同橋田の供述によりその真正の成立がみとめられる。

本件土地をかつて亡藤三郎が所有し、現在原告が所有すること、その上に原告主張の如き被告高橋名義の根抵当権設定登記、被告橋田名義の右根抵当権移転登記が存在することは争いない。

右登記が有効なりや否やにつき審案するに、まず、亡菊作が亡藤三郎より本件根抵当権設定について十分なる代理権を与えられていたとの被告等の主張はこれをみとめるに足る証拠がない。

次に、亡菊作は亡藤三郎の表見代理人とみなさるべきであるとの被告等の主張について考察する。

思うに、亡菊作が十分な代理権をもつていたとはみとめられないことは右に認定したことであるが、ここに十分な代理権をもつていなかつたとは次の三種の場合を含むと解せられる。一は何等の代理権をもつていなかつた場合である。二は何等かの代理権はもつていたが、それが表見代理成立に要するところの基本的代理権とはみなされない場合であり、この場合、基本的代理権は私法上の行為の代理権であることを要し、公法上の行為(私人のなす行為で公法的効果を生ずる行為。)であつてはならないと解され、(印鑑証明下付申請行為、最三九、四、二解説三二号・登記申請行為、最四一、一一一、八解説九二号・公正証書作成に際しての執行認諾、大審、昭一一、一〇、三、民集一五、二三、二〇三五)三は当該行為には不十分ではあるが何等かの私法上の行為の代理権(基本的代理権)を有していたと言える場合である。(法定代理権を含む。例えば夫婦間の日常家事代理権、最四四、一二、一八解説九七号。)このことや相手方保護と本人保護の調和と言う表見代理制度の立法趣旨や、主張、立証の難易(僣称代理人がどのような基本的代理権をもつていたかについて、相手方が主張、立証することは、本人または僣称代理人が沈黙すれば、殆んど、或は全く不可能ではないだろうか。)を考え合せると民法第一一〇条の構造は次の如きものと思料される。

相手方は僣称代理人が十分なる代理権を有していたと信ずるに足る正当な理由(相手方の無過失の主張はこの正当理由の主張に含まれる。)をもつていたことについて、主張責任、立証責任を負い、その主張がみとめられた場合は、本人は特段の事由がない限り僣称代理人の行為につきその責任に任ずるとされても己むを得ないところとなり、その特段の事由については本人が抗弁として主張責任、立証責任を負うものである。右抗弁事由には二種あり、一は絶対的抗弁事由で、相手方の悪意を必要としないもので、これに属するものには、印章盗用、拾得等の場合(前記一の場合)基本的代理権の不存在(前記二の場合)があり、二は相対的抗弁事由で、相手方の悪意を必要とし、これに属するものに僣称代理人が当該行為には不十分であるが、何等かの私法上の行為の代理権を有しており、(前記三の場合)かつ、それを(その不十分性を)相手方が知つていた場合である。(田中耕太郎、判民、昭七、六九号・内田力蔵、判民昭九、一四九号。)

そこで先ず被告高橋において、亡菊作が十分なる代理権を有していたと信ずるに足る正当な理由をもつていたかどうかについて審案する。なるほど、被告高橋またはその代理人は、亡藤三郎について何等の問い合せをしていないこと(証人五十嵐哲夫、同宮田正夫、被告高橋の供述)がみとめられ、又、被告高橋の代理人である訴外五十嵐、同宮田が銀行員であること(証人五十嵐哲夫、同宮田正夫の供述)もみとめられ、被担保債権額が一〇、〇〇〇、〇〇〇円の多額であること(当事者間に争いなし)も明らかである。然し亡菊作は亡藤三郎の印章と本件土地の権利証を所持していたこと、(争いなし)亡藤三郎は亡菊作の養子大屋孟の嫁である紀子の実父であり、(争いなし)担保を提供することも不自然ではないこと、亡藤三郎(深谷市上野台)と亡菊作(深谷市西島)は住居地を異にし、(弁論の全趣旨)同居の夫婦、親子、管理人の如く、本人の意思にもとづかずして印章等を入手しやすい例とは事情を異にすること、亡菊作は証券会社の代表取締役であり、(争いなし)いやしくも法律関係の素人とは類を異にすること、被告高橋は金融業者ではなく自動車部品製造業者であること(被告高橋の供述)そして被告高橋の代理人である訴外五十嵐、同宮田も銀行員ではあるが、本件については銀行員として行動したものではないこと、(証人五十嵐哲夫、同宮田正夫の供述)被担保債権の額も無制限ではないこと、(争いなし)等に徴するならば被告高橋において亡菊作が十分なる代理権を有していたと信ずるに足る正当な理由があるとみとめることができる。(最四五年一二月一五日判タ二五七、一二九・同月二四日判タ二五九、一四一)次に原告の基本的代理権がないとの抗弁(亡藤三郎は亡菊作に同人への所有権移転請求権保全仮登記手続をなすことを依頼したに止まるとの抗弁。)について審案するに、右抗弁に添う証人大屋孟、同大屋紀子、原告(一、二回)の供述はたやすく採用し得ず、他にこれをみとめるに足る証拠はない。かえつて、訴外孟同紀子等は被告等に対し、その後本訴提起まで幾度か本件根抵当権抹消について交渉を持つたようであるが、訴外孟、同紀子等において抹消をもとめる理由として、仮登記に関する事由を必らずしも明白にはのべていないことがみとめられる。(証人宮田正夫、同大屋紀子、被告橋田の供述)

次に被告高橋は亡菊作に十分な代理権がないことにつき悪意であつたとの原告の抗弁を審案するに、これをみとめるに足る証拠はない。然らば亡菊作は亡藤三郎の表見代理人であるとの被告高橋の主張はこれを採用する他はない。

被告高橋より被告橋田への本件債権抵当権譲渡は乙第一、第四号証、被告等の供述によりこれをみとめることができる。そこで信託法第一一条違反の主張について審案する。

思うに、信託法第一一条の立法趣旨は他人の紛争に介入し、裁判所または類似の国家機関を利用し、不当な利益をあげるために信託の形式をかりることを抑制するにあたり、(桜田勝義、判例評論九四)譲受人が弁護士類似行為をするを常とするものか、訴訟活動に練達しているか、反対給付の有無、態様、いかなる訴訟行為を目的とするものか、(判決手続、大阪高三九、四、一〇、判時三七一、二三・札高三八、二、一二判時三四四、三九・破産、強制執行手続、最三六、三、一四、解説二二号・任意競売手続、同解説)濫訴にあたるか、(大地二八、六、六下民四、六、八一三)抗弁権を不当に切断するものか、(最四四、三、二七、解説一四号)当事者の変更が不当に相手に困惑を与えるか、(遠隔者、面識なき者)その他の諸点を勘案して判断さるべきものと考えられ、しかもそれは行為の時点の事情によつて判断さるべく、後日現実に法律手続をとつたか否か、後日法律手続を弁護士に依頼したか否かは必らずしもその違法性に関係ないものと解される。

そこで本件債権根抵当権譲渡について審案するに、被告橋田は被告高橋に反対給付をなしていないこと、(被告橋田の供述)昭和四一年一月二四日の債権譲渡通知書(乙第五号証)より三年余の後である昭和四四年五月一六日にではあるにしろとにかく被告橋田において、自ら債務の履行を求めしからざるときは抵当権実行をなす旨の通知書を原告に送付し、昭和四四年六月二六日任意競売の申立を自らなしたこと、(乙第六号証、当裁判所に顕著な事実)譲渡人たる被告高橋は浦和居住、譲受人たる被告橋田は前橋居住であること、(弁論の全趣旨)被告橋田は亡菊作、訴外大屋孟、同紀子、亡藤三郎、原告と面識ないこと、(弁論の全趣旨)に徴すれば、被告橋田は本件訴訟においては訴訟手続を弁護士に依頼しているにしても本件債権根抵当権譲渡は信託法第一一条に違反し無効であると言わざるを得ない。

従つて被告橋田に対し本件根抵当権移転登記の抹消を求める原告の請求は理由があるが、被告高橋に対し本件根抵当権設定登記の抹消を求める請求は失当と言うべきである。

よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(小室孝夫)

物件目録〈略〉

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